JR0GFMと和文の歴史
昨年の2月から無線の楽しみ方を和文中心にシフトして早15ヶ月。
この飽きっぽい私が1年以上も続いています。
昨年2月、複式電鍵White Eagleの入手をきっかけに和文が面白くなり、考えてみたら四十数年前に和文を覚えたものの、ごくごくたまにしか和文をやらないから全然成長してない、これではいけないと一念発起して和文中心の楽しみ方にシフトしたのでした。
さて、私が開局して初めて電波を出したのが忘れもしない1983年6月6日。
今から43年前でした。
そしてその年の秋に電信級を取得し、翌年2月に3.5MHzにて初めてCW(欧文)デビューです。
ログを見ると、CWの受信能力もない上におそらく緊張もしていたのでしょう、名前は取れていてもQTHが取れていません(笑)
そして、今当時のログを調べてて自分でも驚いたのですが、CWデビューの翌月3月に和文にも挑戦しているようです。
当時は相手局の名前は欧文QSOではアルファベットで、和文ではひらがなまたは漢字で表記していたのですが、1984年3月からのCW QSOのログには次々とひらがなまたは漢字で相手局の名前が書かれていました。
おそらくその年の秋の1アマの試験を目指していたのだと思います。
開局から1年も経たないうちに和文に挑戦していたのは自分でも驚きました。
たしか、それから1アマを受けたものの通信術で落ち、ショックのあまり(とうか、「もういいやー」的な)しばらく和文からは遠ざかってました。
それからまた和文に復活したり、また数ヶ月〜数年のブランクを空けて復活したりを繰り返していたと思います。
ただ、和文に復活したくなるときは、「なんだか無性に和文がしたくなる」という感情が沸き起こるのですが、結局符号を聞いていてもぽろぽろ落としてしまい、自分の受信能力の低さにガッカリしてまた和文から遠ざかってしまう・・・・・の繰り返しでした。
しかし昨年2月に一念発起したのは、それまでよりも強い信念で和文復活し、とにかく受信練習を繰り返しました。
具体的には、車で移動中などにスマホでkiwiSDRで和文交信をひたすら聴いてたりしていました。
それは今でも続けています。
さすがにここまで繰り返せばだんだん取れてくるものです。
取れてくるようになればなるほど和文が楽しく感じ、そして本格復帰から1年も経つと和文でのおなじみさんも増えてきて、住所・名前・天気などのありきたりな交信だけでなく、和文での「ラグチュー」が出来るようにもなりました。
この、ステップアップ感みたいなものが和文を長続きさせているような気がします。
アマチュア無線にもいろんな楽しみがありますが、DX、FT8、6m、6m DX、etc…..どれも長続きしませんでした。
唯一、開局の翌年4月から始めた10m FMだけはずーっと続いております。
これからも10m FMと和文で末長く続けていきたいと思います。



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