「ラ製」を引っ張り出す
電気・電波関係に興味を持ったきっかけとなったのが「初歩のラジオ」誌で、これは毎月購読していたのだが、「ラジオの製作」誌は時々購入する程度だった。しかし、毎号CBの記事があるのが魅力だったのだが、当時中高生の自分には毎月2冊買うことなどできず、ラ製はほとんど立ち読みだった。
しかし、1981年12月号のCBコーナーに多治見から仙台まで自転車で走行したCBerの記事が掲載され、これは立ち読みだけでは済まされないと思いこの号だけは購入した。
これはぎふBJ50局が、高校時代最後の思い出にと夏休みにCB機と2m機を自転車に積んで多治見から仙台までの行程を綴った記事だった。当時中学生だった自分にはものすごく大きな憧れのようなものを感じ、この記事だけは何度も何度も読み返した。
あれから約30年、もう一度あの記事を読んでみたくなり、押し入れや書棚を探してやっと見つけ出した。
状態はまぁまぁ、しかし製本の糊がかなり劣化していると思われるので慎重にページをめくる。
目次にはなつかしいミズホ通信の広告が。
見たかったのはこの記事だ!
懐かしい・・・・・。
記憶とは曖昧なもので、長年RJ-580を積んで旅に出られたと思っていたのだが、ICB-770だったことが判明。
何度も何度も読んだこの旅の記録。
主人公となるCBerのコールサインを完ぺきに忘れてしまっていたのだが、ぎふBJ50局と判明。
Googleで検索してみたが、残念ながら今はQRTされてしまったのだろうか。
できることならいつかBJ50局とCBにてQSOしたいとずっと思っている。
ところで、このラ製を探していると、1997年4月号という割りと新しめのラ製が出てきた。
その中でこんな記事を発見。
えなりかずきさんがアマチュア無線をやっているという話しは知っていたが、それはこれが発端だったのか!?
当時は全く気付かなかったというか、「えなりかずきって誰?」みたいな状態で、全く気にも留めず読み飛ばしていたのだろう。全然覚えていないのだ。
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